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サインなしで150キロの変化球はキャッチできない(会話のキャッチボール編)

   

剛速球なのに変化がかかっていては受け取れるはずがない。
と言っても、会話の話。

タイトルに野球用語が出ていますが、本日は野球の話ではありません。

コミュニケーションの話です。

 

先日、私は、友人で我がブログの読者の方からこんなことを言われました。

「ブログでは読みやすくわかりやすい文を書くのに、会話をするとサインなしで150キロの変化球を投げ込むので受け取れない。」と。

野球においてキャッチャーはボールを受け取るポジションですが、ボールのスピードが上がった場合には、次はどんなボールを投げるかといったサインなしではキャッチが難しいといいます。

つまり、私が人と話をするときは、なんらサインなしで剛速球かつ変化をかけるので意味が通じないということです。

サンドウィッチマンで言うところの「ちょっと何言ってるかわからない」ってやつです。

 

うすうすは自分でも感じていたところです。

今回、友人から指摘されたところですが、うすうすは自分でもその傾向があるのを感じていました。

でも、仕事の時やテンションが低いときはそんなことありません。

私が150キロの変化球を投げ込むときは楽しいとき。

特に、自分の中で面白くなったり、盛り上がっているときなどはその傾向が強いような気がします。

自分の中で盛り上がると、頭の中で考えた面白いことや考えを整理する時間すらもったいなく感じ、ポンポンと連続で出してしまうんです。

 

そんな球は誰もが受け取れるわけではない。

頭の中で盛り上がって、早口で、かつ完成されていない未熟な言葉ですからなかなか伝わることは難しいです。

私自身も、そのようなことは初対面の人や付き合いの浅い人には極力やらないようにしているのですが、ごくまれにそのような

言葉を発してしまうことがあります。

そんな時の相手の様子は、間違いなくポカーン( ゚д゚)です。

なので、冷静になって普通に話すのですが、自分の盛り上がりを下げてしまうわけですから楽しさは減ってしまいます。

 

だが、そんな球を受け取ってくれる方もごく稀にいる。

でも、私の盛り上がりの最高峰の時に発する言葉を、すべて難なく受け取ってくれる方もごく稀にはいます。

そんな人と出会ったとき、私はこの上のない喜びを感じる。

自分の考えをかみ砕くことなくストレートに次から次へとマシンガンのように語りつくす。

こんな楽しいことありません。

おしゃべりをするだけでドーパミンが放出されるらしいが、フィルターなしでのおしゃべりならそのドーパミン放出量は通常の比ではないと思う。

なので、私は私の理解者と会話をするときがこの上なく楽しく、生きている喜びの上位に入る出来事である。

 

まとめ

もし、世の中に私と同じように、自分の気持ちがちゃんと伝わらない、うまく会話のキャッチボールができていない、そんな人がいたならば、無知の知ではないが、自分自身の人に理解されない部分を認識する必要がある。

認識の上、人と合わせるときは合わせつつ日常を過ごす。

でも、不思議かつありがたいことに、自分の理解者というものはどこかに必ずいるはず。

出会えた時は、その出会いに感謝し楽しもう。

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